クロッシェ・レースとニッティング・レース


ローラ・インガルス・ワイルダーの「長い冬」を読んでいて、ローラが編んでいたのはクロッシェ・レースなのかニッティング・レースなのかずっと不思議に思っていました。挿し絵をみると、ニッティング・レース(棒針編み)に見えるのですが、本文では「ローラは細い白糸で、下着のすそにつけるレースを編んでいた。中略 午後三人でいっしょにかぎ針細工をしながら遊ぶつもり 後略(鈴木哲子訳、岩波少年文庫)」とあるのです。不思議に思いつつそのままになっていたのですが、棒針で編むシェットランドレースが気になっている今、改めて調べてみました。今日は冬の嵐な一日ですし、冬のお話はぴったりです。

ところで、現在、岩波少年文庫から出ている「長い冬」は訳者がかわって谷口由美子さんです。鈴木さんの訳は初版が1955年のもので、物語の流れとしては先になる「大きな森の小さな家」シリーズ(福音館書店、初版は1972年)よりはやく出ています。「大きな森の小さな家」のシリーズを読んで、この「長い冬」を読むと文章の感じがかなり違っていて違和感があります。私はこのちょっと堅い鈴木さんの訳も好きだったのですが、言葉使いも昔風なので今の子供達に読み継がれるためには新訳は必要だったと思います。せっかくなので、谷口由美子さんの新訳本と原書を、読み比べてみました*1

まずは、鈴木さんの訳
「西の窓からさす日の光を浴びて、メリーは静かにゆりいすを動かしていたし、ローラの鋼鉄の編み棒は、反射してときどき光った。ローラは細い白糸で、下着のすそにつけるレースを編んでいた。ローラは窓の近くにすわって、通りに気をつけていた。メリー・パオワ−とミニ−・ジョンソンを待っていたのだ。午後、三人でいっしょにかぎ針細工をしながら遊ぶつもりでくることになっていた。」

谷口由美子さんの訳
「西側の窓からさしこむ日をあびて、メアリはゆらゆらと揺り椅子をゆすり、ローラは鋼鉄の編み棒をせっせと動かしていた。細い白糸で、ペティコートのすそ飾りにするレースを編んでいるのだ。窓際近くに座って、ときおり外を見ている。実は、メアリ・パウワ−とミニ−・ジョンソンがくるのを待っていたのだ。二人はかぎ針編みを持って、午後やってくることになっていた。」

原書(The Long Winter; Harper Collins Publishers)
「In the sunshine from the western windows Mary rocked gently, and Laura's steel knitting needles flashed. Laura was knitting lace, of fine white thread, to trim a petticoat. She sat close to the window and watched the street, for she was expecting Mary Power and Minnie Johnson. They were coming to spend the afternoon, bringing their crocheting.」

つまりローラは今、棒針でレースを編んでいて、お友達が二人かぎ針編みを持って遊びにくるというわけでした。このあと、嵐がやってきて楽しい時間は流れてしまうので、ローラがお友達に合わせてかぎ針編みもしたかはわかりません。鈴木さんの訳では、光という字がくり返されて部屋の明るさが印象づけられ、あとでやってくる嵐の描写との対比がローラの心情と重なります。谷口さんの訳は、お友達を待つわくわく感が素直に出ていると思います。

いろいろ調べている内に、ローラの母方の曾祖母マーサ・モース (MARTHA MORSE b. 1773 in Scotland, d. 1862) は、スコットランドの生まれで、少女の頃にアメリカに渡ったことがわかりました。父方についてはそのころはカナダにいたようです。手仕事は、母方中心に伝わるとおもうので、ローラが編んでいたレースがとても気になります。スコットランド地方といえば、シェットランド、サンカ、フェアアイルと連想が働きますが、私にはスコットランドと、シェットランド、フェアアイル島が文化的にどう交流、あるいは断絶していたか、さっぱりわかりません。なので今はまだ、ローラが編んでいたレースを具体的にイメージできないままです。シェットランドレースやアイリッシュクロッシェレースなど、ますます興味が出てきました。

*1:表紙が見えているのが鈴木哲子訳本、開いてあるのが谷口由美子新訳本