こういう襟はターシャ・テューダーさんも身に着けてられますね。クリスマスにNHKの番組をみてから、「暖炉の火のそばで―ターシャ・テューダー手作りの世界 」か『ターシャ・テューダーの世界』はほしいなあと思っています。NHKのインタビューで庭の番組が好評だったことについて聞かれて、「日本の方たちってひまなのねえ」とびしっと発言されていたターシャさんのことですから、同じようなタイトルのたくさんの本が一時に出版されている日本での状況をみたらどう思われるのでしょうね。

ターシャさんは1830年代のニューイングランド様式がお好きなようですが、私はアメリカのこの時代についてはまったく知りません。ホーソンの「緋文字」(17世紀の半ば頃)、「大草原の小さな家シリーズ」(19世紀の終わり頃)、セリア・リーズの「魔女の血をひく娘」(17世紀はじめ頃)いずれもイギリスやスコットランドからの移民(の子孫)が主人公の話を、その物語に心惹かれて読んできたのですが、今、改めて読み返すと、気候も違う新しい土地で、生活様式や手仕事(キルトや編み物、機織り)を伝えていく様子に興味を引かれるようになりました。ターシャさんの著作には、これらの本の間をつなぐ情報がつまっているようですし、なにより糸つむぎもされるようです(立ち読みで紡毛機の写真を見かけました)。


ところで、日本で出ているターシャ・テューダーの著作の何冊かを相原真理子さんが訳していることを知って驚きました。私の中では、P・コーンウェル『検屍官シリーズ』の翻訳者として記憶していたので、猟奇的な殺人場面のいっぱい出てくる(文章で読むのは平気)ものとのギャップに驚きました。相原真理子さんはいろいろな分野を翻訳されているので、二つとも仕事の一つなのかもしれませんが、けれど、『検屍官シリーズ』も『ターシャ・テューダーの世界』も、“リーディング”(この本が面白いかどうかの判断をする)から関わったということなので、なにか共通するものがあるのかもしれません。『検屍官シリーズ』のケイ・スカーペッタもいそがしい中、庭仕事やリスを庭に呼んだりしていましたし、性格や生き方にもターシャさんと似たところがあるような気もします。


検屍官シリーズ』は登場人物が作中年齢を重ねてゆくのですが、途中で、ケイだけ年齢設定が14才ほど若くなります!!。この時点で、憑きものが落ちたように読む気が失せてしまい、その後のシリーズは読んでいません。ケイには60才になっても頑張ってほしかった。。。5作目くらいまでは読み切りとしても楽しめます。