フィデルマと紫式部

蛇、もっとも禍し上】 (創元推理文庫)

蛇、もっとも禍し上】 (創元推理文庫)

修道女フィデルマシリーズの最新刊「蛇、もっとも禍し」を読みました。前作までは夏に一気読みしましたこちら。シリーズ物で新しいのが出ると、ついつい最初から読み返します。ええ、ミステリーでも。


「蛇、もっとも禍し」は、作品世界の時系列的には既に出ている「幼き子らよわがもとへ」と「蜘蛛の巣」との間にあたります。物語は基本的には独立しているので問題はないのですが、原作とは異なる刊行の順番なのでちょっと混乱します。翻訳の順番がアレなのは原作の1作目の舞台がローマでアイルランドを舞台にしたシリーズなのにそれはちょっとということらしいです。


それはともかく、前作2作は、前半こちらが理解しなければならない国同士の背景やら法律に関することが多くて、読むのが大変だったのですが、「蛇、もっとも禍し」は、物語が走るスピードが速くて、楽しめました。


フィデルマが生きた時代は、7世紀のアイルランド。この三作は666年から7年のお話。日本だと飛鳥時代壬申の乱のちょっと前。そう考えるとフィデルマは高い教養の持ち主だけれど、日本だって聖職者以外にも文字が書けたり当時の外国語である漢籍を読める女性はいっぱいいたはずだから負けてないはず。でも、仕事が持てない、屋敷の外に出られないでは、フィデルマのようなヒロインは日本が舞台だと難しいかなあと思っていました。でも、あったんです。少し時代は下りますが紫式部が謎を解く「千年の黙(しじま) 異本源氏物語森谷明子をちょっと前に読みました。そっか、宮仕えがあるじゃん!

千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)

千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)

とはいえ物語は最初式部が宮仕えに出る前の奥様時代から始まるので彼女はお屋敷の外に出ることはまずできません。なので、彼女の目や足となって女童のあてきや文使いの岩丸といった子供たちが活躍します。枕草子にも出てくる帝が可愛がっている猫の「命婦」が行方不明になってしまった事件や、源氏物語の失われた章かもしれない「かがやく日の宮」をめぐる謎など、平安時代の古典が好きだと楽しいと思います。「雲隠」の章での、紫式部藤原道長にしかけた「かがやく日の宮」の件に対する痛烈な仕返しなども物語を書く人の矜持が感じられて印象に残ります。フィデルマシリーズのように死人は出てこず、扱う謎は、猫がいなくなった、届けたはずの本がなくなってしまったといった日常のものなのですが、それぞれの物語の背後には当時の政治闘争があり、決してほのぼのしたものではありません。あてきも物語の最後では尼となっていて、ほろ苦い読書感でした。